歴史研究室

 昭和44年(1969)4月の歴史民俗部門新設(担当:鈴木昭英)、平成3年(1991)4月の歴史部門独立(担当:力間智子)とつづき、平成5年(1993)4月から広井造が当研究室を担当しています。

河田家資料
河田家に伝来した旗指物の写しで上杉謙信から拝領した采配などが記録されています。

 

 資料数は、平成15年8月1日現在で4,865点です。
 おもな収蔵資料としては、1・河田家資料(中世長岡の領主で上杉謙信の側近河田長親の周辺資料、約180点)、2・丸山家資料(江戸時代中期の越後にかかわる百科全書『越後名寄』を著した、旧長岡藩医の資料、約600点)、3・長谷川家資料(長岡近郊で育まれた近世から近代の医学関係資料、約1,600点)があり、近世・近代医学関係の資料が特に充実しています。
 普及活動は、平成6年から「長岡の歴史を探る会」(おもに長岡の中世史、講座形式、年5回程度、現地学習会1回、講演会1回を含む)を実施しています。

長岡の歴史を探る会
 江戸時代の長岡は?というと多くの市民の方々は、譜代大名牧野家長岡藩七万四千石の城下町と即答できますが、それ以前の歴史は?と聞かれると「はて?」という方が多いようです。たとえば、有名な戦国大名上杉謙信が若い頃長岡の殿様だったなんてご存じでしたか? 
 そこで、おもに中世の長岡の歴史を探るために企画されたのが「長岡の歴史を探る会」で、平成6年から始めました。
 この会は、5月頃から始めて年4〜5回、講座形式で、このうち1回は現地学習会、1回は最先端の歴史研究の状況を題材とした講演会という内容で進めています。参加者は毎年40人くらいです。これまで長岡の東部、浦瀬町からだんだんと南に学習場所を移し、平成12年からは長岡市の西部、芹川町周辺の勉強を始めました。以後はだんだんと長岡市の西部を南に移動する予定です。古文書や考古資料、地図や地名、伝説などさまざまな観点から歴史をたのしく勉強しています。

 今年度の日程、内容については、「時期別催し物案内」をご覧ください。

 

 

収蔵資料


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